その4 六月といえば…篇
いつまでも寒かった春が、それでも桜の開花とともにやっとの華やぎを見せ。無情の雨や花冷えを過ぎて、新緑の鮮やかさが深まるにつれ。今度は一気に夏日を呼んで、このまま夏に突入か…なんて錯覚さえ齎(もたら)したけれど。今年は割と順当な日程で“梅雨”に入った日本列島。今年はこれが流行だというポップな柄のビニール傘と一緒に、ラインストーンがベルトに並んで華やかな、かかとの細いミュールやサンダルが、街角のショーウィンドウに並んでる。外出を躊躇(ためら)わせるほどには降らなくても、蒸し蒸しする曇天とかが続いたりして、
『暑いなら暑い、寒いなら寒いって、はっきりしろってんだよな。』
一丁前に大人みたいな言いようをする坊やだが、どっちになったところで…雨や曇で鬱陶しくとも溌剌とお天気が良くても、その小さな体の中に弾けて止まらない活力に衝き動かされるままに、さんざ駆け回って一緒にしちゃう“お元気の塊り”なクセにねと。馴染みのお兄さんたちとしては苦笑が絶えないそうですが。
「センセー、さよーなら。」
「はい、さようなら。また明日ね。」
車に気をつけて帰るのよ? 決まり文句を、それでも一人一人に満遍なく、目を向け、気持ちを乗せて、送り届ける姉崎センセイ。
「せんせぇ、さよならvv」
教卓の傍らまで来た小さなセナくんが、わざわざペコンとお辞儀をしてくれたのへ、あらあらvvと擽ったげに笑うと、
「はい、さようなら。気をつけて帰ってね?」
「はいですっvv」
ふわふかな頬っぺに笑みの深みが増した、それはそれは愛らしいお顔がまたまた、何とも言えず可愛らしくて。ランドセルの背負いバンドを両手で握って、ドアへと向かう たかたか・とてちてという幼い足取りへ、ふんわり笑顔で見取れていたものの、
「………ちょ~っとお待ちなさい、蛭魔くん。」
「うっ☆」
その間にと言わんばかりの忍び足。この彼には珍しいほど気配を消して、後ろのドアからこっそり帰ろうとしていたのへ、そうはさせじと…気づいていますよという平然としたお声をかけてみせ、
「セナくんに頼んで先生の目を盗もうたって、そう上手くは行きませんからね。」
おおう。そこからが作戦で、しかもそこからだと見抜いておられましたか、姉崎センセー。
「さぁあ、今日こそはカバンの中をチェックさせて頂きますからね。」
「センセー、おーぼー!」
「他の子は文句なくちゃんと見せてくれましたっ。」
「この春からは、個人のプライバシーは侵害しちゃいけねぇってことへ、わざわざ法律まで出来たんだぞ!」
「それは個人情報への保護法でしょう? 何を持ってたかを言い触らす訳じゃあないんだから、持ち物検査はそれには抵触していません。」
「他所で言わなきゃ良いなんてのは理由になんねぇぞっ!」
「じゃあ、空港や港の税関とかで、持ち物チェックしているのは咎められないのは なぁぜ?」
自分が先に、そう持ってくとは…大人げないぞ、姉崎センセー。(苦笑) そうですか、こういう戦いを、確執を避けたくて、こそこそっと帰ろうとした妖一くんだった訳ですね。
「あれは、危険物や輸入禁止されてるもんを持ち込まねぇように、犯罪につながる大変なことを未然に防ぐためだ。」
「センセーがみんなの持ち物を調べるのも、学校に持って来ないようにっていうもの、持ってないかどうか、決まりを守っているかどうか調べるためです。」
「センセーは、オレらンこと、信用してねぇのかよっ!」
おおっと! まるで質の良い玻璃玉か宝石を思わせる、透明度が高くてそれは澄んだ色合いの、綺麗な綺麗な金茶の瞳を大きく、されど切なげに見張って見せて。か細いお胸の奥から絞り出すような、悲鳴に近い声を上げた妖一くんだったものだから。
「蛭魔くん…。」
さしもの熱血先生も、これには…息を引いたようになり、一瞬、その気勢を凍らせかかって見せたたものの…。
「こないだもそう言ってまんまと逃げた人の言いようなんて聞きません。」
「にゃ~~~っっ!!」
逃げを打つ小さな背中から浮くほどに、がっしと掴んだランドセル。それが普通の重さだったなら先生だってこうまでこだわったりはいたしませんが、
「何でこんなに重たいのよっ! 机の反対側にダンベル下げてたのは、それで左右のバランスを取っていたのね!」
「いいじゃんかっ! 背負うのは俺なんだからよっ! 罸ゲームとかで誰ぞに持たせてる訳じゃなしっ! 帰る時だってダンベルごと外してんだから、掃除の邪魔とかには なってねぇ筈だぞっ。」
「ただ重いってだけじゃないんでしょうがっ! あ、これは何っ! なんで学校にこんな、怪しい手榴弾型の物体が必要なのっ!」
先生、それって“手榴弾型の…別の何か”じゃないかもと思われますが。(苦笑)
「これもっ! 何で学校に、小型拳銃のおもちゃを持ってくる必要があるのっ?!」
しかもたいそう重たいじゃないのっ、これって投げて遊んだりしたら危ないでしょうがと。………何だかちょこっと、問題提起のポイントが悉くズレてやいないか、姉崎センセー。
「良いですか? あなたくらいの子供のうちから、重すぎるダンベルを使った筋肉トレーニングや、過剰な重しを持ち歩く体力トレーニングを始めると、軟骨や生長点への影響が大なの。」
だから、今後はこういう重いものをやたらと持ち歩いてはいけません。特に、こんな危険物の形を真似たものは、日頃見慣れていると危険だという感覚がマヒしかねませんからね。
「学校には勉強に関係のないものは持って来ちゃいけません。いいですね?」
「…はぁ~い。」
いかにも“ちぇ~っ”と言いたげな、ご不満 天こ盛り風のお返事だったが…いいのかしら、そんなまで的を外しまくった持ち物検査で。(う~ん、う~ん)
「それじゃあ、もう遅いからお帰りなさい。」
「はーい。」
没収とまではいかない検査だったので、出された荷物をカバンに収め直した坊や。金色の髪をふさりと揺らすと、細っこいうなじが見えるほど、結構 深々とお辞儀をして見せた。だってあのね、こんな大騒ぎになっちゃったけれど、先生がホントは…判ってて惚けたんだなってこと、こちらも気がついてる坊やだったから。ちょっぴり変わり者で、勉強面でも情緒の面でも、小学生とは思えないほどのレベルにいるおマセさん。子供とは思えないほどのそれらの言動、調査してみた…英才教育推進系の研究所からの通達もあって、教育委員会からまで“そのまま伸び伸びと見守ってやって下さい”という『お墨付き』を頂いているほどという変わり種で。だからして、先生方たちからも何かと大目に見られている彼だけど。でもだけど、だからって…この子だけを特別扱いするのはよくないと思う、そんな姉崎先生だったから。
「…ひゆ魔くん、ごめんね。」
作戦は失敗しちゃったねと、お廊下で待ってたらしいセナくんの声が聞こえて来て、
「まあ、良いさ。今回は俺の作戦ミス。お前はよくやったから。」
何をまた讃え合っているやらと、二人の気配が遠ざかるのを聞きながら、姉崎センセー、苦笑が込み上げて仕方がない。こういうタイプの問題児なんて、今時ありなのかなぁと、そんな意味合いの想いも込めての、擽ったそうな苦笑を何とか宥めつつ、戸締まりにと回転錠を確かめに窓へと寄れば、
「…あら。」
あの金髪の小悪魔くんの席の傍らの窓。レース仕様の紙ナプキンに、クレープみたいにくるまれて。ムラサキカタバミの可憐なお花が、小さな花束になって差してある。手に取ってみれば裏側には、
『センセーも早く帰れよな。』
鉛筆の丸々とした字でのそんな一言。
“…あの子ったら。”
こういう展開になることも…実は想定内だったのねというのが今頃知れて。あんな小さいのにホンっト、
“抜け目がないというか、行き届いているというか…末恐ろしいというか。”
困った坊やだ、まったくもうと。やっぱり苦笑が尽きない、姉崎先生だったのでございます。
◇
今日は朝からの天気も何とか保(も)っていたのでと、昇降口から出てすぐに、ちょっぴりゆったりめの涼しげな半ズボンのポッケから、携帯電話を取り出す坊やで。
“えっと、今日は普通に6時限目まであるんだっけか。”
今だと昼休みの半ばくらいかな? ガッコまで連れてってもらって、後は部室で放課後まで待ってりゃ良いかな、などと。高校生のお兄さんたちとのお付き合いにも慣れちゃった坊やが、そんな算段をしながら…これも慣れた所作にて、短縮ダイアルを設定したボタンを押しかけたところが、
「…よお。」
校門に差しかかると同時くらい、向かう先からお声がかかった。顔を上げれば…翼みたいに左右へと延べられた形のオートバイのハンドルへ、暑いけどまだまだ頑張る、裾の長い白ランに包んだ長いめの腕を引っかけて、精悍な面差しのお兄さんが先んじて待ち受けていたりする。
「………なんで?」
まだ電話、掛けておりませんが。迎えに来いと偉そうにも呼び出そうとしていた先のお兄さんが、既に来ていたもんだから。このサプライズは、さしもの坊やでも予想外過ぎて ちとビックリ。
「今日、行くからって言ってたっけ?」
そりゃあサ、昨日も一昨日もお邪魔したよ? 昨日は雨降ったからね、一旦お家へ帰ってから、バスで放課後に間に合うようにって格好でお邪魔したの。坊やのお家も例のバスの路線上にあったので、貰ってあった定期券で十分に間に合って。帰りはお兄さんもバスに乗ってね? わざわざお家まで送ってくれたの。過保護だよなぁって、ちょっとだけ怒った振りした坊やだったけれど、あのねホントはね? とっても嬉しかったの。送ってもらわないでの一人での帰りって、何でだろうね、怖くはないけど、ちょっぴり寂しいから。せっかく楽しかったのに、そこからずんずんと遠ざかってるんだなって思うとね、お家で待ってる大好きなお母さんのお顔を見るまでの間の帰り道が、何だか寂しくて寂しくて。だから、そうじゃなかったからって照れ隠し、バスの中でついつい“ぎゅううっ”てしがみついてばっかいたから、そこから何か感じ取ってのお迎えかしらって。そんな風に素早く思いつけちゃう、坊やの回転の早さほど、お相手はといえば…あれこれとは考えないタイプらしくって。
「そういうんじゃねぇさ。」
昼前の授業が自習だったんでな。どうせ呼ぶんだろうって思ったんで、昼飯食いにくついでに寄ったんだよと、結構あっさりとしたお返事で。
「そっちのチビさんも一緒するか?」
並んでたセナくんへもお声を掛けてくれた葉柱のお兄さんだったけれど、
「ん~ん、セナはお家へ帰ります♪」
あのねあのね、○曜日のお昼休みは、進さんからママのPCへメールが来るの。だからね、チャットでお話しすることになってるのvv 聞いてもないことまで告白して下さり、それは愛らしくも“キャ~イvv//////”と真っ赤になった可愛らしい坊や。じゃあねと手を振って、彼らから離れてったのを見送って、二人。
「…チャットって。」
「進ってそこまでキーボード打てるようになったのかな。」
「携帯からじゃねぇのか?」
「だったらもっと大変だぞ?」
ちょっと不可解な何かにつままれてから、顔を見合わせ、さてと頭を切り替えて。
「じゃあ…いつものファミレスでいいか?」
「おうっ。」
一旦バイクから降り立ったお兄さん。ランドセル背負った坊やを抱え、タンデムシートのお子様シートへと座らせて、改めての発進と相なった。
「ところで、お前。」
「んん?」
「なんでまた、時々、異様に重いんだ?」
「………さてな。」
育ち盛りだからなと誤魔化せば、そういうもんかなと小首を傾げるお兄さんであり。…いや、それで流すな、そこ。(笑)
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*あああ、しまった本題に入れないままにここまで長い話になってしまったぞ。
本題ったって大したネタじゃあなかったんですけれどもね。
そんな訳で、続きますです。 |